長春最終日

午前中はゆっくりする。シャワーを浴びるが(大連を出て初めてのお風呂だ)、ぬるいので髪を洗うのは断念する。ここで風邪をひいたらもともこもない。
「お母さんがボケ始めてしまって、どうしよう」ドラマをぼーっと見ていたら、昨日まだ実家に帰っていた学生がホテルを訪ねてきて少し話す。
C君は今年の日本文化祭のDVDを持ってきてくれた。帰ってから観るのが楽しみ。

お昼はクラスの皆と市内の火鍋屋さんへ。何人か、乾杯の挨拶をしてくれる。

15時、「トマト」という名のカラオケ屋で移動。
大きなスクリーンがある室内。電気を暗くして、ポップコーンやら瓜子やら栗やらをぽりぽりかじる。
1年生の最後に初めて皆でカラオケに行ったときより、皆上手になっているし、歌うことに抵抗を示す子も少なくなったような気がする。
なんだろう。
暗い室内で、皆を見渡す。眠くなって寝ている学生。お菓子を食べている学生。歌っている学生。サビの高音がきれいに出て思わず全員で拍手したり。なんでもない風景が心に染みてしようがなかった。

最後に全員で、手話つきの歌を私のために歌ってくれる。『感恩的心』。ぐっとくる。
そして、歌い終わったあと、代表としてある学生が挨拶してくれた。そして、「先生、どうぞ」と一言求められる。

もう限界だ。「泣いてもいいですか?」と聞いてしまった。

さっきから泣きたくてたまらなかったのだ。別に泣けるような場面ではない。こんなところで泣いたら学生も意味不明に感じるかもしれない。

でも。


「学生が、わたしのために、歌ってくれた」


それだけでは感激の涙を流すに至らないだろうか?

先生は号泣しましたよ。
再び促されて、少し話す。言葉はわやくちゃになる。皆に会えて本当に自分は幸せだということ、そしてお礼を言うことしかできなかった。

汽車に乗る時間が近づいている。部屋を後にし、カラオケ屋1階でひとりひとりと写真を撮る。店に入ってきた人が「あの人有名人?」と聞いていたらしい。……こんな化粧もろくにしていない女が有名人な訳ないです(笑)

19時過ぎ。店を出る。汽車は20時45分発。なんと皆で見送りに来てくれるそうだ。次の日は月曜日で朝1限から授業があるというし、校舎は駅から遠く離れているので心苦しかったが、かといって1人で行けば皆心配するだろう。ありがたくお心頂戴することにする。
公共バスに乗る。長春駅行き。

バスの中でもときおり津波のように涙があふれてくる。

駅に着いた。

「先生、汽車で食べてください」とパンや水を買ってきてくれる学生。
「先生はサンザシが好きですから」とサンザシのお菓子をふた袋も。
「彼と履いてください。街のおばあさんの手作りです」と手編みのスリッパをいただいたり。

大連行きの改札が開いた。
「先生、もう一度」とハグをしていた。てっきり学生は入場券で全員ホームまで入れるのかと思っていたら、そうではないらしい。気づくのに遅れて、中途半端な別れになった。

男子学生2人だけ、入場券でホームまで一緒に降りてくれる。今回も下段。わたしの荷物を置き、わたしが寝る予定のベッドに足をのばしている対面のおばちゃんに注意し、上段のまくらと下段のそれを取り替えてくれる(ちょっと恥ずかしい)。

多分大丈夫だとは思うのだが、日本人の一人旅。車内で日本語を話すのがはばかられ、洗面所に行って最後のお別れの言葉を交わす。

「また、日本で会いましょう」

15分遅れで着いた汽車は、遅れている分を取り戻すようにあたふたと発車する。

とりあえず、かばんの中身を少し整理しようと、かばんを開ける。と、そこには大袋入りのポップコーンが知らないうちに入っている!さっきカラオケで食べていたあれだな。こんなにひとりで食べられないよ。苦笑しながらも内心は嬉しい。

嬉しいのと同時に、1人になると、また涙が出てくる。

汽車の中で、ある学生がくれた詩入りの手帳を読み返す。

また滂沱の涙。



携帯にメールが来る。

「先生 車内は人が多いですか ベッドは快適ですか もう学校に戻りました」
「そう 今ね また泣いちゃってるの」
「またきっと会えますよ わたしたちと先生の距離はとても近い気がする 心理的にも物理的にも  泣かないで そんなに泣いたら他の人に笑われますよ」
「へへ もう消灯したから誰からも見えませんよ」
「そう じゃあゆっくり泣いてね 涙のあとは気分が良くなるでしょう」
「うん でも泣きすぎて 鼻が詰まって苦しい」
「はは かわいい先生」


再び逢えないかもしれないことが悲しいのではない。

ひとりひとりがあまりにも優しくて、その心を惜しげもなくくれることに対して涙があふれて止まらないのだ。
それはもう、痛いほどだ。

これからどんなに成功しても、あるいはどん底の人生となったとしても、皆の心に触れたことはわたしの生涯の歴史の中での光となるだろう。


ほんとうにありがとう。



翌朝6時半、大連駅到着。長春仕様の厚着では生ぬるく感じる。大連の朝は既に動き始めていた。